- 02月26日: 杉原川クリーンキャンペーン
- 03月11日: 平成24年度定例総会
中村町ふれあい広場
コミセンだより60号
名前はイソヒヨドリ(オス)、その名の通りに本来は海岸地域に生息しているツグミ科の野鳥です。非繁殖期の冬に山間部にまでやって来ることは知られていますが、最近では繁殖活動をする個体もあるようです。
残念ながら、冬の間は時々見かけていたメスの姿を最近は見ることがありません。海岸に帰って行ったのでしょう。イソヒヨドリ君の恋の歌を聴いてくれるメスが残っていることを祈っています。
中村町の刊行物のページにコミセンだより60号を公開しました。
警報の中の消防操法大会
午前9時45分、当地に大雨洪水警報が発令されました。台風2号が近畿地方に接近、前線を刺激しての大雨です。
その時すでに、高岸の防災センターでは多可町中区の消防操法大会が開かれ、各団員は雨中での操作、競技となっていました。
雨の中での大会ははじめての気がします。走る選手も大変、見守る団員も大変、準備や片付けで支援する団員も大変、気の毒でもありました。
自動車の部では特設第1部・中村町が2番に、小型ポンプの部では第7分団中村町部が5番目に登場、雨にもめげず練習の成果をみせました。
中村町部は残念ながら3位以内には入れませんでした。一方特設第1部は見事優勝に輝きました。
<選手>
■特1 石塚健吾/芦田浩一/南畝大育/松内智晴/高木康裕/(補)近藤隆幸
■中村町 笹倉繁昌/麻田孝志/田中晴海/谷田典之/(補)田中宏樹
水利点検で村歩き
5月15日、いっせい溝掃除に引き続き、集落役員は2班に分かれて集落内の水利の点検に回りました。水門ではグリスをさしました。
新しい役員にとって水路がどう走り、水門がどう機能しているかはなかなかつかめません。安全安心の命綱だけに、歩いて回ってみてはじめてその実情に気づくものです。役員にとって村歩きは研修でもあります。
最後に回った18組の徳岡昌之さん宅そばの細い水路にはハンドル式の水門がないためわかりにくいのです。大雨には二叉の流れを中津井側に導水しなければなりません。小さな鉄板で一方を堰止めするのですが、この日そのことが確認できました。
この日、消防が泥上げした5組真鍋歯科医院そばの沈下水槽につながる水路に水が流れていないと報告がありました。
さっそく調べてみると幹線水路の堰が機能していないことがわかりました。このままでは防火水槽の役目がはたされていません。
回復が急がれます。町に改善策を相談、検討中です。
地域防災研修会
- 2011-05-14 (土)
- お知らせ
中村町の水路の水利水門の管理は多くの方によって維持保全されています。特に水門管理は、地域の安全安心の命綱でもあります。梅雨の前にはその管理者会議を開いて互いに確認しあってきました。今年は関係者を対象に防災研修会を開きます。
1)日 時 5月21日(土)7:30pm~9:00pm
2)会 場 中村町コミュニティセンター多目的ホール
3)内 容 ①水利水門管理者の確認
②地域防災研修(講師:大上武氏 佐用町上月)
■大上 武氏の紹介
佐用町上月自治会長として地域防災推進の先頭に立っておられます。自らは床上浸水を2回経験されています。また皆田和紙保存会会長としても地域づくりに取り組まれています。2月9日の神戸新聞一面コラム「正平調」にも紹介されました。上月城跡から目高までの山道を遊歩道に整備、地域資源の発掘にも取り組まれています。
■神戸新聞1面コラム「正平調」2011/02/09
和紙といえば、兵庫県多可町に日本を代表する杉原紙がある。古くは、「無比の美紙」と評されたそうだ。全国に名を知られた紙の世界のスーパースターといえる◆県内には、ほかにも伝統の和紙がある。西宮市の名塩和紙も有名だが、岡山との県境に近い佐用町皆田(かいた)地区に伝わる「皆田和紙」もその一つである◆文献上は室町時代が初出だ。厚手で頑丈なのが特長で障子やふすま、蚊帳などに使われた。最盛期には約100戸が携わったが、最後まで頑張った1軒が1968(昭和43)年に廃業し、途絶えた。一度は衰退しながら、同じころに復興の機運が高まった杉原紙とは対照的だ◆その皆田和紙の再興に、14人でつくる保存会が6年前からこつこつと取り組む。文献や資料も少ないため各地に足を運んで製法などを学んできた。町内に紙漉(す)き実習施設を新設する計画が最近、決まった◆会員は研修で訪ねた鳥取県内で「皆田に技術を学んだ恩義がある」と歓待された。聞けば、300年近く前は皆田が教える側だった。調べるうちに京都、奈良の寺社や貴族に流通した一種のブランドだった可能性も出てきた。会長の大上(おおうえ)武さんは杉原紙を師匠に指導を仰ぐ。紙の用途や性質は異なるが、「皆田和紙を杉原紙のような郷土の誇りとなる存在に育て上げたい」とも語る◆紙漉きは、冬が勝負だ。刺すような冷たい川の水で原料の楮(こうぞ)の皮をさらす作業が始まった。
中村町女子3年連続の優勝
公民館親善ソフトボール大会が、5月8日(日)町民グラウンドで開かれ、中村町女子チームは3年連続の優勝に輝きました。
2試合とも完封勝ちで、守備力が目立ちました。
一方男子のシニアチームは、三角形の二つの6チームが出場しました。鍛冶屋と中安田と対戦、和気藹々とした試合運びでしたが、今までにない2敗の成績に終わりました。
試合後の反省会では5月29日の40才以上の大会に出場、リベンジを期することになりました。
今大会から、男子はキャップ、女子はサンバイザーを「N」のイニシャル入りでそろえました。
コミセンだより59号
あかね坂公園の藤棚で藤の花がきれいに咲いています。でも藤の木はかなり弱っているようで、葉や花の数がかなり少なくなっています。
中村町の刊行物のページにコミセンだより59号を公開しました。
3か村青年団が救援金を寄託
- 2011-05-06 (金)
- 村の祭り | 東日本大震災 支援活動 | 活動報告 | 防災・災害支援活動
天神社春祭報告(2)青年団のがんばりが高揚
本宮は天気予報通りの好天になりました。朝から昨日できなかった記念撮影、天神社の幟の手直し、神殿の供物の準備にあたりました。
宮入は正午、子ども神輿に続いて中村町の屋台が入ってきました。多くの担ぎ手に感激、拍手を送りました。
神官の祝詞にも東日本大震災の復興祈願が奏上されました。宮入後、3か村青年団が東日本大震災救援金を呼びかけるなど、若者の心意気も感じました。救援金(64,572円)は、神戸新聞厚生事業団に寄託しました。
神事、御旅神事が滞りなく終わり、締めくくりは餅投げでした。やはり人気は上々、老いも若きもあの熱さはいったいどこからくるのでしょうか。
宮守が春祭りを機に退任の意向を示されたことから、一つひとつ教えてもらいながら準備にあたりました。正直、正副区長は緊張の連続でしたが、おかげで神前の掃除、供物の手伝いもでき、神様を身近に感じることができました。
天候不順にもかかわらず多くの参拝者でにぎわいました。
3時すぎに屋台が神社を下り、天神社春季大祭は無事終了の運びとなりました。
この後中村町の役員は社殿の片付けにあたりました。
屋台は中村町に帰ってから地内を巡行、乗り子の各家の前では独唱、家族にはクライマックスです。午後11時に格納、中村町の春祭りは無事閉幕しました。
天神社春祭報告(1)担ぎ手が増えた宵宮
4月23日(土)の宵宮は天気予報通り夕方まで激しい雨風になりました。
このため出立ち式は雨のため拝殿で行いました。屋台は雨の中、コミセンまで巡行しましたが、昼まで足止めとなりました。新調のカッパをさっそく役立ち、雨がつきものの春祭りです。
それでも祇園神社での3か村の屋台練り合わせは、強い雨風にもかかわらす執り行われました。奥中の屋台には「がんばれ!東日本」の横断幕が掲げられ、青年団の意気込みが伝わってきました。3か村の青年団では本宮の宮入後に救援金を受け付けます。
練り合わせには多くの担ぎ手が参加しました。今までの巡行は貧相でしたが、今年は青年団員をはじめ消防分団の法被も目立ちました。あらゆる機会に呼びかけたことが功を奏したようです。
夕方には雨が上がり、日が差し込み、屋台はカッパをはずしました。
役場駐車場での点灯式には多くの方が屋台を取り囲みました。練り合わせの後、商店街を巡行していきましたが、電飾屋台の派手さが魅せました。
屋台は9時30分に格納、無事宵宮を終えました。
コミセンだより58号
ぽっぽの道では桜の季節が終わり、レンギョウや紫陽花に若葉が目立つようになってきました。ハナズオウの花も咲き始めて、新緑の季節の到来を告げています。
中村町の刊行物のページにコミセンだより58号を公開しました。





















