行 事 予 定
  • 05月27日: あかね坂公園普請
  • 06月17日: 婦人部研修旅行

中村町ふれあい広場

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新・チーム・なかむらまち スタート

総会の出席者

総会の出席者

 平成22年度定例総会が14日(日)、コミセンで開かれ、昨年より30分早い午前9時30分に開会、全議案が承認され、新たな役員を選出して正午直前の午前11時56分に閉会となりました。
 出席者は127人、委任状出席は111人。

 今回の総会は、協議費算定基準の見直し案が上程されその可否が注目されていましたが、質疑もなく原案通り承認されました。
 その前の議案の平成22年度予算案が、協議費改正案をふまえた組み立てになっていますので、本来は一括上程が筋だったかも知れません。予算案が承認となると、当然改正案は自動的に承認されたことになります。
 改正案上程ではそのことに振れ、それでも切り離してそれだけの枠を取って審議していただきたいと提案説明としました。

退任者の挨拶

退任者の挨拶

 第1号後案の事業報告では、時間を取って丁寧に説明しました。昨年は長い説明にうんざり顔の人もいましたが、今年は全員がきちんと聴いていました。事業報告は、その後の決算報告の成果品だけに、貴重な資金の使途を理解いただかねばなりません。
 その上で繰越金から100万円を、新たな科目「コミセン大規模改修積立」に回すことができました。
 節約の成果と改修の時期の来ることへのメッセージを発することができました。今回の大きな特徴といえます。
 区長の任期満了に伴う改選では、再任の区長に選出されました。
 終了後は、婦人部による炊き込みご飯で、しばし歓談をしていただきました。

 会場の片づけ後、新執行部のオリエンテーションを開き、委嘱什長の承認手続きてをとりました。続いて新什長に什長心得を説明しました。
 いよいよ新しい「チーム・なかむらまち」のスタート

誌齢40号を数える

むら新聞「あかね坂」40号

むら新聞「あかね坂」40号

 むら新聞「あかね坂」40号が、2月28日付けで発行しました。
 先の新人高校生駅伝大会で折り返し点の5区を走った地元の増田太尊君をトップで紹介しました。
 2面、3面では、婦人部の集いの中島明子さんの講演会を報告、4面では1年間の事業報告を掲載しています。

杉原川普請、雨上がりにめげず実施

 予想外の雨が一晩続き、朝方ようやく上がりました。実施は無理かと杉原川へ行くと、すでに担当委員長も現場の確認中でした。そこで実施の可否を協議しました。
 なんとしても実施したい思いは共通でしたので、できる範囲での実施を決めました。
 数日前には2日続きの雨で、枯れ草は濡れ、水かさは増していました。昨日はたびたび川を見に行き、実施を悩んだものでした。
 27日の夜には、翌朝7時に確認するとの放送がありましたので、その足でコミセンに入り実施を伝えました。
 例年通りの区域で作業を開始、刈り取っても燃えにくいため手間取りましたが、なんとか9時半には作業が完了しました。
 この日、消防の訓練のため日赤橋上の区域は、有志で片づけ、後の細かい整理は役員が当たりました。最終の終了は11時でした。
 1週間先に延期となると、日程が窮屈になるばかりでした。実施できてほっとしました。

 3月は、総会までの準備に追われます。

こころのタスキリレーを応援

こころのタスキリレー」の応援幕

こころのタスキリレー」の応援幕

 第2回西脇多可新人高校生駅伝競技大会が、2月21日(日)、好天の下、アピカホール・ベルディーホール間のハーフマラソンコースで開かれました。
中村町、はかねて準備していた手づくりの応援小旗を折り返し点や沿道の応援者に配布、「こころのタスキリレー」の応援幕を掲げ大会を盛り上げました。
 350本の小旗はあっというまに配布され、ハートマークが目立ちました。
 神戸新聞に紹介されたことから、小旗を楽しみにされていたようで「350本もようやってでしたね」との声もいただきました。

地元を走る多可高校5区走者の増田太尊君(14組)

地元を走る多可高校5区走者の増田太尊君(14組)

 男子先頭の須磨学園が11時に通過、1分ほど遅れて西脇工業が続きました。女子は長野東が1位で通過、2回目最後尾の多可高校までしっかり応援しました。
多可高校の第5走者は地元の増田君(14組)で、折り返し点を通過の際には大きな声援が送られていました。

水路改修の立ち会い

 1組の小畑良三さん、細田雅弘さん、市口章浩さんの家のそばの水路改修工事の現場確認が、ようやく町、業者と地元の三者で行われました。破損した擁壁の新設が主な工事です。水路沿いの道は、村境にあって昔そうれん道と呼ばれ、通常は往来が少ないのです。しかしT字型水路のため、大水の時の越水が心配です。
工事は3月上旬着工、工期は約1週間です。
 区長と副区長が立ち会いました。

 2月1日、稲荷神社で初午が執り行われ、長寿会役員と村三役が参列しました。

バス水没事故からの生還に学ぶ


中島明子さんの公演風景

中島明子さんの公演風景

 1月31日、婦人部の集いで中島明子さんが「バス水没事故 幸せをくれた10時間」と題して、5年前の台風23号で舞鶴市内の由良川沿いの国道でバスが水没、その屋根に避難して奇跡的に生還された体験話しを話されました。
 新聞に講演会が案内されたこともあって、村外からの人もあって100人近い人が参加、熱心に聴き入りました。

 バスは舞鶴市内に入ってからはのろのろ運転、とうとう台風23号の豪雨に巻き込まれてしまいました。沿道の家屋や駐車場はすでに浸水状態になっていて、無事豊岡へ帰り着けるのか不安がふくらむ一方、由良川沿いでとうとうストップ、車内に水が走りました。
 車内の水位が上がりだし、屋根に避難することになり、ここから早朝に救助されるまでの10時間のドラマが始まりました。

 暗闇の中で救援を待つ間、水位は上がり腰までつかったままでした。新聞に載った救助間際の写真は水位が下がり、屋根が見えていますが、それまでは屋根の上で濁流につかっていたのです。
 シルクのスカーフが役立っています。縦横1、4mに数人が頭をかぶせ雨を和らげたため、体温が下げらなかったそうです。スカーフと風呂敷は旅の必携品です。
 極限状態の深夜は睡魔が襲ってきます。それとの戦いが始まり、「上を向いて歩こう」などの体を使う歌を歌うなどして、体温を下げないように工夫されました。
 メンバーに病院勤務経験者がおられたことが、随所で適切な判断となり即応できています。それのベースになっているのは、公務員としての規範です。災害時には個より公優先の原理がこの場合も作動するとのことでした。
 その上で、男女のバランスが取れていたこととありました。バスの上では、自然に高齢者や女性が中に、男性が外から取り囲むようになっていたそうです。
 たまたまとはいえいくつかの要因が重なって奇跡は生まれたのです。

バスの屋根のスペースを体験

バスの屋根のスペースを体験

 3時過ぎ、自衛隊から救援ボートでは近づけないので、明け方ヘリコプターで向かうのでそれまでがんばってほしいととの電話が届いたことで、大きな光明がみえました。
 37人が励まし合い、気遣いしながら生還をめざされたのです。そして6時、上空に数機のヘリが飛来し、6時半から救助が始まったのでした。
 この時、由良川沿いには多くの車両が水没、近くの家屋に避難されたり、中島さんたち以外にも多くのドラマがありました。

男性役員による豚汁の炊き出し

男性役員による豚汁の炊き出し

 災害時はまず自分たちでなにができるかをしっかり判断しなければならない。日頃の備えを忘れてただ行政批判するのはどうかと思うと結ばれました。
 まずは自助、そして共助です。

 講演が終わると、会場にバスの屋根のスペース(2、5m×12m)がブルーシートでつくられ、37人が入りその密集度を体験、座り具合など再現しました。そして当時の水没バスの画像が映し出され、中島さんの説明がより実感できました。
 つづいて男性役員による豚汁の炊き出しが振る舞われ、参加者は具だくさんの味を堪能しました。用意した100人分を完食、大好評でした。

総合防災訓練

 多可町総合防災訓練が、1月17日(日)、加美区地域局周辺で午前8時30分から実施されました。中村町からは正副区長の3人が参加しました。

 体育館では日本赤十字社のメンバーが、竹と毛布を持ってきて簡易担架をつくる訓練の用意をしていました。みるとその担当者は中村町の若い人で、さっそく一番にトライすることにしました。また同じコーナーで三角巾の結び方を副区長が体験しました。
 仮設テントの中での煙の体験は、短い距離ながら視界ゼロを実感しました。
 最後に社会福祉協議会のボランティアセンターへボランティア登録の模擬体験に行きました。
 意外と成果の多い訓練でした。

夜空を焦がすとんどの火


 1月15日はとんど、午後6時の点火時は幸い無風状態、火は一気に真っ直ぐに舞え上がりました。
 この日午後2時から祇園神社境内で組み立てました。1時間ほどで大きなとんどが仕上がり、本番が期待できました。元来は北組什長の担当ですが、とても4人でできる規模でありません。竹切りから手の空いている役員が手伝ってきましたが、この日も半数近い役員が手伝いました。
 すぐに炎が全体を包むように燃え上がり、大きな火となりました。
 飾り物を納めに来た人たち約80人ほどが火を囲み、とんどを見守りました。
 書き初めを納める子どももいて、字を細長い竹の先につけて高くかざしました。
 北組の役員がぜんざいをふるまいました。餅が間に合わず汁だけになりましたが、鍋が空になるほど好評でした。
火の勢いは約30分続きました。
 とんどの灰を家に持ち帰って使うと1年間火事にならないと、子どもが話していました。
また、この行事はこれからも続けてほしいと要望も聞きました。

好天気でにぎわう

 宵宮、本宮とお天気に恵まれ、無事終了しました。
 昨年並みの人手でにぎわいましたが、吉兆や富札の売り上げなどは少し下がっています。
 もち投げはいつものことながら、開始時間が近づくにつれ湧いてくるように人が輪をつくります。本当にエキサイティングです。あらためて危険と隣り合わせでもあります。たとえば、子どもだけのもち投げの時間帯の設定などで、子どもも楽しめる工夫が必要と感じました。
 占い村はあいかわらず大盛況で、控え室では常時4人が待ち状態でした。3人の占い師はフル稼働、今年の運勢が話題になりました。
 富札の景品は100点、1番から百番まで順次読み上げていきます。火の周りでその発表を待つ人たちもあって、時には拍手が起きます。
 今年の百番は洗濯機、なんと越知谷(神河町)の家族に当たりました。当初は、地元の親戚の名前で買われたものと思っていましたが、なんとその家族が名乗ってみえたのです。

応援小旗づくり

応援小旗づくり

 最後まで聞かれていて、もう当たらないと駐車場に向かおうとされたときに名前が発表されたのです。今年始めて越知谷からわざわざ参られたのです。しかも道がわからず何度も聞いて来られたのです。何度の何度もお礼を述べられ、車に積まれたのが印象的でした。

また役員詰め所では、空き時間を利用して、2月21日の新人高校駅伝大会での応援小旗300本を作成してしまいました。

えべっさんの準備を終える


 今年のえべっさんは土曜日、日曜日の開催のため、好天気なら多くの人出が見込めます。8日(金)は準備、午前9時から始まりました。
 15人の什長(5人が都合で欠席)、1組から10組、西区の組長が例年通りに幟立て、テント張りの作業を行いました。
 青年団はわずか4人のため、昔の青年団が手伝いました。
 露店の仕切り元が変更になったため、事前の打ち合わせを同じ時間で行いました。今年は鯛焼きが復活です。
 テント設営が完了したところで組長さんは解散いただき、もち投げ台の設営など残りの作業を什長が引き続き行い、昼過ぎに終えました。

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