行 事 予 定
  • 05月27日: あかね坂公園普請
  • 06月17日: 婦人部研修旅行

中村町ふれあい広場

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おかげでさっぱり、すっきり!

あかね坂公園普請

あかね坂公園普請

 雨で延びていたSOSあかね坂公園普請が、30日実施しました。
 もう草ぼうぼう状態で、通るときは目をそらしたほどでした。この日来られない方が早くから南ブロックの広場をほぼ草刈りをしていました。
 50人ほどが午前8時から藤棚の剪定、水路脇の草刈り、かなめの剪定など作業にあたりました。
 すっかり公園はみちがえり、きれいさっぱりしました。

練習成果を発揮

中村町消防団員の勇姿

中村町消防団員の勇姿

 5月30日(日)、消防分団操法大会が防災センター広場で開かれました。
 中村町部は小型ポンプの部の6番目に登場しました。開始前の目標は「地域防災の発展に全力を尽くすと共に、ポンプ操法大会を通じて円滑な消火活動が行えるように練習を積み重ねてきました。ワールドカップサッカー日本代表のベスト4をめざすような高い目標を設定し、3位入賞をめざします」と、熱い意気込みが披露されました。
 きびきびとした動きで練習成果が窺え、成績は9位でした。
 大健闘しました。

 指揮者=藤原伸也 1番員=田中宏樹 2番員=田中晴美 3番員=内海正基 4番員=笹倉繁昌

生きがいセンター一帯が冠水

冠水した生きがいセンター

冠水した生きがいセンター

 5月23日、24日の低気圧による大雨は、24時間雨量が280ミリに達し、中村町地内の杉原川は、昨年8月1日と変わらぬ水位になりました。
 奥中から中学校裏を抜け、杉原川に落ちる水路(奥中・中学校裏水路)が越水、生きがいセンター広場一帯が内水状態になりました。普段は水量のない水路がこの日は白波を立て流れていました。

冠水した田畑

冠水した田畑

 内水上隊の全体がわかりませんので、一帯を見て回りました。
 ハンシン広場駐車場の場所によっては車のタイヤが水につかりかけていました。ぽっぽの遊歩道から見ると水路からあふれれた水が田畑に流れていました。北墓地も冠水状態でした。
 中学校武道館そばの水門を少し開けましたが水位に大きく影響しません。奥中からの水路の勢いが止まりません。農会の方が、杉原川の樋門①を開けられると、一気に水路の水がはけて引き出しました。このとき樋門の管理がポイントとわかりました。

 一旦引き揚げ着替えると、その後に出動した消防からの連絡でまたまた出かけることになりました。また南部の水路の堰をどうするかなど、とにかく雨に振り回されました。
 しかしこの事態はどうしようもなく、ただただ雨の上がるのを待つのみでした。
 内水状況を報告します。

 今回の被害は、防災行動計画にある水路・水利管理班の確立前に発生しました。大きな示唆となりました。

南区・西区の隣保防災集会が終了

ミニワークショップの光景 

ミニワークショップの光景 

 5月13日から始まった隣保単位の防災集会は、16日までに南区・西区3回を終えました。
 日程は、13日=1組・2組、14日=3組・4組・5組、16日=西区です。
 3回を通じて感じたことは、出席率が80~90%でわかるように隣保の底力です。
 開始前の不安を払拭してくれました。
感想を述べる伊藤理事長

感想を述べる伊藤理事長

 この20年間では、隣保単位で一つのテーマで会議を開いたことは記憶にありません。
 今回のミニワークショップは、安全安心なむらづくりがテーマならやれることです。この体験は大きいです。
 すでに村としての検討課題もいただくなど、多くの意見が寄せられています。
 14日には、NPO法人「ひょうご地域防災サポート隊」の伊藤道司理事長が顔をみせられ、最後に感想を述べていただきました。ました。
 全日程の終了後、まとめを発表します。

女子連覇 おめでとう!

公民館親善ソフトボール大会

公民館親善ソフトボール大会

 5月9日(日)、公民館親善ソフトボール大会が町民グラウンドで開かれ、女子が昨年に続いて連覇、優勝を飾りました。
 男子は予選リーグで1敗1勝で敗退しました。特に昨年優勝の岸上に1点差の惜敗は残念でした。
ソフトボールはバレーボールと違って、男子は8チーム、女子は5チームとあいかわらず出場チームが少なく、大会としては一工夫ほしいところです。

中村町の心意気の宮入

天神社での宮入

天神社での宮入

 「今年はどないなったの」と、屋台について歩けば周りから声がかかります、
 本宮はいまでにない好天気、朝から雲一つない初夏の空が広がりました。
 天神社での宮入は、どの屋台も魂のこもった意気込みが感じられましたが、今年も中村町は美しく最高でした。周りからも、「よく揃ってきれかった。たいしたもんや」との評価をいただきました。
 子ども神輿では、茂りが太鼓をたたいて宮入の形態で盛り上がりました。

 好天気に境内の人出も多くにぎわいました。しかし賽銭は昨年より3千円も少なくきびしい額でした。

てんじんさん祭日和で開幕

祇園神社にて宮入

祇園神社にて宮入

 24日、25日の両日に晴れマークのつく今までにない天神社春祭りが、出立ち式で開幕、屋台(たいこ)が村内を巡行しました。
 担ぎ手は青年団と乗り子の親とで10人と少人数で、他の集落に比べると人数で見劣りしました。来年の課題との声が多くみられました。
 午後は、祇園神社で3つの集落の屋台が練り合わせ、多くの村人が楽しみました。夜は役場前で電飾屋台の勢揃い、商店街を巡行、豪華さを競いました。
 午後9時20分に屋台を収納、宵宮が無事終了しました。

乗り子の練習総仕上げ

太鼓倉にて

太鼓倉にて

 4月22日(木)、3月18日に始まった屋台の練習もいよいよ最終の総仕上げの日を迎えました。青年団は参観日と称して、4人の乗り子の保護者向けに練習を公開しました。はじめての試みです。
 太鼓倉を開けて、外から練習風景が参観できるようにしました。保護者以外にも村の人が何人か見に来られ、乗り子の仕上がりに眼を細めていました。
村からも三役や担当委員長らが見守りました。
 この企画はなかなかの発想でした。

中村町の佐藤君が新入団員宣誓


 4月4日(日)、ほぼさくら満開の中央公園で多可町消防初出式が挙行されました。
新入団員宣誓では、中村町の佐藤長司君が行いました。
 今年の新入団員は5名、地域消防を支えてくれます。その内4人は青年団員でもあります。

鍛冶屋線跡ハイキング

神戸新聞(10/ 4/ 1)

神戸新聞(10/ 4/ 1)

 「さようなら鍛冶屋線」から20年の日、中村町あかね坂公園から線路跡の遊歩道を旧鍛冶屋駅(鍛冶屋線記念館)までハイキングしました。
 最初のプログラムはあかね坂公園の中の中村町駅の場所探しです。元国鉄職員で中村町駅に勤務されていた地元の小西鶴夫さんが、大きな地図を見ながら駅について説明されました。

 いよいよ鍛冶屋駅まで約2㎞のハイキングです。
 子どもたちは2列になってスタート、その後に大人が続きました。あの日から20年、はじめての鍛冶屋線跡ハイキングです。

 杉原川の元鉄橋を渡ると岸上に入ります。みんなおしゃべりをしながら楽しく歩いています。神戸新聞の篠原佳也記者も歩いての取材です。
 たかテレビのスタッフが同行取材していました。菜の花を通して遠景から撮ろうと、カメラを担いで走り回っていました。
 天田に入りました。妙見山が目の前に大きく拡がります。あの山頂で最後の村長で初代町長の藤本八百蔵さんが、市原から中町まで鉄道を延伸させたいと決意されたエピソードがよみがえります。
 いよいよ鍛冶屋駅です。駅に着くと、さっそく展示列車に入りました。運転室でブレーキレバーを差し入れるなど、普段は入れない列車を体感していました。

 滝野から駆けつけていただいたJRマンの西角克幸さんから昔の硬質切符を子どもたちにプレゼントいただき、駅前の谷田好道さんの切符切りのデモンストレーションもありました。
 記念館の会議室では、西角さんが列車運行時刻表や鉄道グッズの説明、特に鍛冶屋線最終日列車のために特別につくられたサイドプレート「野村←→鍛冶屋」は100枚しかなく、実に貴重な代物でした。この後20年前の鍛冶屋線の表情を伝える写真、DVDをプロジェクターで映し出しました。

 かっての鍛冶屋線光景は、子どもたちにはどう映ったことでしょうか。大人たちは口々に「懐かしい」の連発でした。本当にいいものを見せていただいたというのが実感でした。
 帰りも子どもたちとおしゃべりしながら楽しく歩けました。
 予定通り13時にあかね坂公園に帰着、あっという間の鍛冶屋線跡ハイキングでした。
 この日にしかできない事業、おかげですがすがしい気分を満喫しました。

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